尖閣諸島は、日本の領土だ。

メッセージ過去ログ・2

メッセージ過去ログ・2

平成24年10月1日~31日


平成24年10月31日.

早く野田を倒さないと、日本が危ない。

http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20121031/plt1210311139004-n1.htm

中国尖閣強奪も!特例公債法不成立で 自衛隊&警察マヒで米にも見放され…
2012.10.31

 野田佳彦首相の所信表明演説に対する各党代表質問が31日午後から、衆院本会議で実施され、与野党論戦がスタートする。

最大の焦点は、野田首相が政権に居座り続けたため、赤字国債発行のための特例公債法案が成立せず、今年度予算の財源が枯渇する事態が現実味を帯びていることだ。

国民生活に加えて、防衛・治安関連予算にも影響が出れば、沖縄県・尖閣諸島の強奪を狙っている中国が大攻勢を仕掛けてくる可能性もある。

・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・・

民主党の安住淳幹事長代行は「国民生活を人質に取っている」と野党に責任転嫁しているが、政治ジャーナリストの角谷浩一氏は「法案成立の環境を整えるのは与党の責任だ。『近いうち』の衆院選時期を明示すれば解決できる。衆院選を恐れる野田首相が、国民生活を人質に取って籠城しているに過ぎない」と一刀両断した。





『どうしようもないな、民主党は…』などとは言ってる暇はない。
自衛隊も、海上保安庁も、警察も、民主党のおかげで動きが止まっちゃう。

半身不随で倒れたままの人に殴るけるの暴行をはたらく暴漢のように、支那は暴れまわるぞ。


何とかして野田を引き摺り下ろすしかないのだが…。


平成24年10月30日.

現憲法破棄、明治欽定憲法復活。

しばらく前の記事になるが、平成24年10月9日、産経新聞の論説委員長である中静敬一郎氏が、『超党派で「平時の自衛権」を』と題し、次のように述べている。

ちょっと長くなるが、引用してみる。
(改行は、本里)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 「強い日本」になる切り札がある。

きわめて限られた範囲にしか適用されない自衛権行使のハードルを見直し、国際標準にすることだ。
不思議なことに、日本は諸外国が認めている重大な領域侵害への自衛措置を容認していない。

 これは戦後日本が自衛権を使えないように、使わせないようにしてきたためだ。

端的に示すのが自衛権発動の3要件である。

政府答弁によると、
(1)わが国に対する急迫不正の侵害がある
(2)これを排除するために他の適当な手段がない
(3)必要最小限の実力行使にとどまる-になっている。

問題は、急迫不正の侵害が何かである。政府答弁では「わが国に対する武力攻撃が発生した場合」であり、かつ「他国による計画的、組織的な武力攻撃」とされてきた。

 この解釈は50年ほど前に確立されたが、当時想定していたのは極東ソ連軍が計画的、組織的に武力で攻撃してくる事態である。

 いま、懸念されているのは、尖閣諸島に武器を持った海上民兵が侵入し、不法占拠した場合だ。外国の軍隊による侵略である。防衛出動が命令され、自衛隊が自衛権を行使する事態だ。

だが、これまでの解釈では、どこの国かわからず、計画的、組織的な攻撃とはいえない以上、自衛権発動の要件は満たさないとされ、防衛出動は命令されない。

 領土や主権を侵害する不法な暴力を排除できない自衛権とは一体、何だろう。

主要国の軍隊は、部隊自衛といわれる「平時の自衛権」を行使して、侵害行為を撃退するが、日本は平時の自衛権を認めていない。
集団的自衛権どころか、個別的自衛権ですらがんじがらめだ。

 このことを周辺国は熟知しているからこそ、拉致事件は起き、尖閣諸島奪取への攻勢が強まっている。

 国際標準に早急かつ実効的に合わせることが抑止力となり、取り返しのつかない事態を防ぐ。

 具体的には領域警備と排除規定を自衛隊法に盛り込めばよい。党派を超えた判断が国を守る。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そのとおりである。

ものすごい軍国主義国家を作ろうというのではない。軍隊、つまり、国の防衛力を世界基準にすればいいだけのことだ。

日本だけが防衛力発揮の条件に、並はずれた高いハードルを自らに課しているのだ。
『これは戦後日本が自衛権を使えないように、使わせないようにしてきたためだ。』と、中静氏は述べておられるが、誰が使わせないようにしたのか、主語がない。
私が主語をつけよう。『日本人自らが…』である。

占領基本法としての『憲法』を押しつけ、独立回復後も、その破棄をしなかった日本人先輩たち、何を考えてたんだ。

戦勝国アメリカが敗戦国日本を占領統治するために、占領基本法を制定することはわかる。
面白くはないが、負けた以上、ある意味しょうがないことだ。

しかし、独立を回復した時、そんなものは破棄し、自主憲法を作るべきであった。
それをしなかったから、いろいろなところに問題が起きているのだ。

今からでも遅くはない。現憲法を破棄し、明治欽定憲法復活を目指そう。

ただ、明治憲法はすでに時勢に会わなくなっている部分もあると思われる。その点は、明治憲法の改正条項に従って改正すればよい。

なんといっても、日本の抱える矛盾のもとは、占領基本法である現憲法にある。


平成24年10月29日.

バカの考え、休むに似たり。

支那の領海侵犯が続いている。
今日で10回目だそうだ。
海保の方には、心から『ご苦労様』と申し上げたい。

現場は苦労しているのに、政府は知らん顔か。そんな政府はいらない。

『3回警告しても領海から出ない場合は、現場判断による艦砲射撃を許可した』とマスコミ発表すれば、奴らもちょっとはおとなしくなるだろう。口だけでいいのだ。

もちろん奴らも『はい、そうですか』とは言わない。『こちらも応戦を辞さない』などと、大騒ぎするであろうが、ほおっておけばいい。そのうちおとなしくなる。

『国境問題はない』とか『いや、実のところはある』とかの議論をしている場合じゃないだろう。


平成24年10月28日.

私の希望的観測。

早ければ年内、遅くとも来年8月には総選挙だ。
民主党は大敗し、場合によっては解党もありうる。

自民党が第一党になるだろう。しかし、過半数は取れない。
石原新党、公明党、維新の会などと連立政権となろう。

さて総理はだれか。単純に考えれば第一党の総裁安倍氏だろう。

しかしきっと『安倍さんはまだ若いから、石原さんに一期やらせてはどうか。安倍さんはその次で…』という声が出てくるだろう。
いや、出てきてほしい。そしてそれが実現してほしい。

安倍さんは、私は大好きだし、思想も立派だ。欠点は喧嘩に弱いお坊ちゃまだという点だ。

その点石原さんは喧嘩に強い。ぜひ、一期は総理をやってほしい。
地ならしが済んだところで安倍さんが出ても遅くはない。

そうなれば、自主憲法制定、自衛隊の軍への昇格、拉致問題解決への道付など、一気にやるだろう。
その中に『尖閣 現代アートの島』構想も入れてほしい。

それが私の希望的観測。


平成24年10月27日.

尖閣 現代アートの島構想。

このブログに何度も『戦いを恐れるな』と書いてきたが、文字通り『恐れるな』であり『戦え』ではない。

私はもともと虫を殺すのも嫌な人間なのだ。まして人間が死ぬのを見たくもない。
戦いを恐れるから戦いが起き、人が死ぬのだ。

戦いを避けるためには、戦いを恐れてはいけないということを言いたいのだ。


『尖閣防衛のために、自衛隊を駐屯させよ』との議論がある。防衛のためにはやむを得ないと思う。
しかし、戦わずして防衛ができるのであれば、もっといいではないか。

自衛隊を駐屯させるには、ただ、自衛官を連れて行けばいいのではない。彼らを孤立させないために制空権、制海権を完ぺきに維持する必要がある。
食料をはじめとする物資も、定期的に搬入しなくてはならないからだ。

レーダーサイトや守備陣地、居住施設などにも多大な予算がいる。
力で来るものを力で抑えようとすれば、相手より強い力がいる。

『柔、よく剛を制す』ではないが、現代アートの島、いいと思うがなあ。


平成24年10月26日.

尖閣を文化の島へ…。

産業を興すといっても何をするかが問題だ。

とにかく第一番にやることは、島の砂を瓶に詰めて買ってもらう。
環境を壊さぬため、1000本を限度とする。
一瓶10グラムぐらいであれば、問題はないだろう。
価格は1瓶1,000円ではどうだろう。

これはいわば寄付だ。
なぜ島の砂かというと、この年に、この島に、日本の企業が間違いなくあったという証拠だ。砂は現在の鑑定技術をもってすれば、どこの砂であるかは明確に鑑定結果を出せる。それを全国の有志に持ってもらうことにより、実効支配をしていた証拠とできる。

その次にやることは、島全体を現代アートの美術館にする。ホテルなどの宿泊施設も当然必要だし、船などの交通手段もいる。沖縄本島からの飛行艇を就航させるなんて、いいなあ。

あえて『現代アート』としたのは、意味がある。
世界中の著名な芸術家を呼んで、彫刻や絵画を展示する。その芸術家は、日本のビザで入国し、尖閣にわたるのだ。
芸術家という文化人(政治にも、軍事にも無縁の人)が、尖閣は日本の一部であることを認めるのだ。その芸術作品を見に来る人たちも、政治家でもなければ、軍人でもない。ごく普通の文化的教養を持った人たちだ。

そのためには、世界中から来たくなる、質の高いものでなくてはならない。

きな臭さの全くない、文化の薫り高い、実効支配ができる。

まだ、思いつきの段階だが、防衛予算を増額するより安上がりで、世界の文化向上に寄与できる構想だと思うが、どうだろう。


平成24年10月25日.

島おこしの会、再始動の兆し有り。

領土でも、個人の所有地でも、周りの人が『この土地は誰それのものだ』と認めた時、領土であり、所有地となるのだ。

日本が北方領土への墓参を認めない意味もそこにある。すなわち、墓参のためにロシアのビザを取ると、『北方領土はロシアの領土である』と認めたことになる。だから、たとえ墓参といえどもロシアのビザは取らせないのだ。
モスクワも、イルクーツクも、ナホトカもロシア領であることを日本は認めているから、そこへ行く場合はビザが取れる。

尖閣諸島全体を巨大なテーマパークにしたとしよう。美術館でもいいし、スタジアムでもいいのだが、世界中から大勢の人が尖閣に行きたいと思ったとき、日本にビザ申請をするようにする、これが実効支配なのだ。

それほどまでにしなくとも、鰹節工場の再建でもいい。缶詰工場でもいい。メイドインジャパンを生産することだ。

キャッチボールをしていてボールが隣の庭に入ってしまったら『すみません。ボールが入っちゃったので、とらせてください』というのは、その庭は隣の住人が実効支配していると認めているからだ。
空き地なら黙って入るし、勝手に小屋を建てちゃうかもしれない。

それをさせないためには、人が住んでいること。これしかないのです。

今日のニュースによると、石原氏が国政出馬宣言。なんとうれしいことか。
目標を見失っていた『尖閣 島おこしの会』も再始動の兆し有り。


平成24年10月24日.

島おこしの会の原点は…。

原点に戻って、『島おこしの会』とはなんであるか、もう一度復習してみたい。

尖閣諸島は日本の領土であることはいまさら言う必要はない。領土である以上、実効支配しなければならない。

実効支配していない土地は、他人が入ってきて実効支配してしまえば、取り返すのは容易でないばかりか、もたもたしていると実効支配している人(国)のものになってしまう。

これは国際常識だ。『歴史的に見てどうであるか』は、意味がないとは言わないが、今現在実効支配している事実の方が優先される。

これは当然である。
カメハメハ大王の子孫がUSAに対して『歴史的に見てハワイ諸島はアメリカに占領される以前は誰にも侵略されたことのない、ハワイ人の領土だ』ということを証明してみせても、(証明するまでもなく、誰でも知っていることだが…)意味はない。

どうしてもハワイ国として独立したいのであれば、戦争してアメリカ軍を追い出すしかない。これが簡単だと思いますか。

実効支配の最も明確なことは、そこに人が住み、その人が外部、近隣との関係を持ち、外部の人が住んでいる人の存在を認めていることだ。それには、インフラがあり、産業がなければならない。

『無人島方針』など、とんでもないことだ。

お金を道路に放り出しておけば、人が持って行ってしまうことはわかりきったこと。持って行かれてから『あの金は俺のものであった』と、いくら証明しても取り返すのは容易ではない。
とられたくないものは、ちゃんと懐にしまっておかなければならない。

だから尖閣にインフラを整備し、産業を興そうというのだ。


平成24年10月23日.

支那の自爆は近い。

19日、パネッタ米国防長官との会談で、習近平副主席はこう語ったという。

「日本軍国主義は中華民族に深く重い災難を及ぼし、米国を含むアジア太平洋諸国にも深い傷を負わせた。にもかかわらず日本の一部勢力は過去を反省せず、“島の購入(尖閣国有化)”という茶番劇を演じた。国際社会は(中米が共闘した)反ファシスト戦争(第二次大戦)の成果と戦後の国際秩序を否定する日本の行為を絶対許さない」

さらにこう付け加えた。
「米国が言動を慎み、釣魚島(尖閣諸島)の主権争いに介入して矛盾を激化させないよう要求する」

吉本でも、こんなすごいお笑いネタは持っていないだろう。
国民党も支那共産党も、ほんとに日本と戦ったのか。逃げ回っていただけだろう。

アメリカとともに戦った? アメリカに利用されていただけだろう。
結果的に共産党が漁夫の利を得ただけだろう。

その挙句自分がファシストになって、戦後の国際秩序をぶち壊しているんだろう。

日本だけではない。世界が許さないのはお前のやり方だ。

日米の隙間にくさびを打ち込み各個撃破を狙うのは、孫子を持ち出すまでもない軍事的常識だ。
アメリカも日本も、支那がその手で来ることは織り込み済みだ。誰がその手にかかるか。

もっと経済制裁をやれ。そして自爆しろ。

平成24年10月22日.

お花畑が戦争を起こす。

お花畑国民へのもう一つの憂慮

それは戦争を不必要に怖がることだ。
戦争をした方がいいか、しない方がいいかと聞かれれば、しない方がいいに決まっている。
しないためにはどうするか、それは戦争を恐れないことだ。

前にも書いたが、支那に空母が就航したと聞いただけで、そら大変だと思う人が少なからずいるのではないか、それを憂慮する。

あんなものはコケ脅かしの張子の虎だ。

まず、あの空母から発艦できる飛行機を、支那は持っていない。
お笑いみたいだが、ほんとのことらしい。
『らしい』と書いたのは、私自身で見てきたわけではないからだが、間違いないといっていい情報だ。

これから開発したとしても、カタパルトのついていない空母など、現代戦では使い物にならないような小型機しか、発艦させられないのだ。
大東亜戦争時の日本の空母赤城や加賀と同じ程度の性能の空母と思えばいい。
まさか、いまどきゼロ戦で戦えると思っている人はいないだろう。

とはいえ、どんな飛行機でも、飛び立てば、飛び立たないよりは脅威である。飛び立つには、それなりの技術がいる。その技術は一朝一夕でできるものではない。

また、空母を運用するには護衛艦隊を編成しなければならないが、何十隻もの艦隊を手足のごとく運用するには、指揮・統制・通信・コンピューター・情報・監視・偵察を一体・共有化するシステム構築が必要である。だが、支那には、今のところその技術はない。

バカにしてはいけないが、恐れず、日本の技術力を持って対応策を講じていけばいい。
たとえば新型のミサイルの開発、ミサイルの発射台としての攻撃用航空機の開発、潜水艦の高性能化と魚雷の開発、それを地道に繰り返すことだ。そうすればあんなものは日本の脅威とはならない。


平成24年10月21日.

日本を溶かす男。

お花畑日本人が多いから、立派な政府が作れないのだ。国会内に、売国議員があふれている。

たとえばこの男。

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岡田副総理が「都の購入計画間違い」 和歌山市で講演
2012.10.21 19:08 [民主党]
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121021/stt12102119090003-n1.htm

 岡田克也副総理は21日、和歌山市で講演し、沖縄県・尖閣諸島の国有化の背景に石原慎太郎東京都知事による購入計画があったことに触れ「都が尖閣問題に乗り出したのは間違いだった。都は外交問題の責任を取れない。結果的に中国から非常に厳しい反応が返ってきた」と批判した。

バカ言っちゃいけない。都が日本国内のどこの土地を買おうと、外交問題など存在しない。
存在しない問題に責任を取る必要もない。

富士山の裾野の土地を買って「都民憩いの家」を作るのと変わりはない。
中国が何を言って来ようと、それを跳ね返すのが国家権力の務めだ。





 同時に「『都よりは政府が持った方が安定的』と中国側に伝えている。尖閣は領土問題ではないが議論があることは事実で、対話を通じ今の状況を鎮めないといけない」と指摘した。

安定的??????
意味不明。何のことかわからない。『政府が所有すれば、キチガイ石原と違って実効支配するようなまねは致しません』という意味か。

今の状況を、こちらから積極的に鎮める必要はない。というより、鎮められない。
支那が動いたら、それに対応するだけでいい。

宣伝戦できたら、それ以上の宣伝をかければいいし、軍事挑発で来たら、迎撃すればいい。
どの手で来ようが、それに対応する準備をしておくのが、政府の役目だろう。




そもそも副総理たるものが、こんなことを話題にすること自体が売国的だ。
こんな売国奴に投票する日本人がいることが情けない。


平成24年10月20日.

溶けない日本を作ろう。

溶けない日本を作るには、どうすればいいか。

戦後体制をすべてリセットする必要がある。

と、簡単に言っても、どこから手を付ければいいか皆目わからない。一番簡単なのは、軍事クーデターを起こして憲法を停止し、新憲法制定による新しい国家の枠組みを作ることなのだが、そうもいかないだろう。

次善の策は、現憲法を占領基本法であると認め、明治欽定憲法復活、その改正条項にのっとった憲法改正が必要だ。

それも、現実問題として、夢物語であろう。

とりあえずやるべきは、非核三原則破棄、武器輸出三原則破棄、村山談話と河野談話の破棄、これならできるでしょう。

非核三原則を破棄し『必要とあれば、日本はいつでも核武装する用意がある。日本の技術力をもってすれば1週間で核兵器を作ることができる』と宣言する。

1週間で本当に核兵器ができるかどうかは問題ではない。そう宣言することが大事なのだ。

実際に核武装すると、その管理に大変なお金がかかる。いうだけならタダだ。
タダで敵対している国をビビらせることができればこんな安い防衛費はないだろう。

武器輸出3原則を破棄し、東南アジア諸国に武器を売却することは、その国々からの信頼を勝ち取ることができる。

武器を売るということは『あなたの国は真の友好国です。我が国と敵対することは決してありえません』ということを行動で表すことになるのだから…。

村山談話と河野談話の破棄については、言うまでもないから、コメントなしだ。

もっと大切なことは、これができる政府を作れる国民に、日本人が育つことだ。

覚醒せよ、日本人同胞よ。


平成24年10月19日.

風邪を引いてしまった。
私としたことが、お恥ずかしい。

ハードスケジュールで疲れがたまったのと、気候の急変で寒さになれていなかったのが原因だろう。
風で寝込んだなんて、この5年以上なかったが、今日は午後から思い切って寝ていた。




私事はさておいて、もともと自衛隊というのは、警察予備隊がスタートだ。いわば、今で言う機動隊に大型の兵器を持たせたようなものだ。それが保安隊になり、自衛隊となっていった。

法的には、警察権を行使する法律に基づいていたのだが、その存在目的、武器、兵器の大きさから、不備であった。そこで法改正をしたのであるが、軍法を新設したのではない。
現在の自衛隊法の不備は、その辺に原因がある。

さて、自衛隊設立時の存在目的だが、当時のソ連に対抗するため、米軍が対応するまでの緊急対応が目的であった。つまり、米軍の補完的組織であるから、武器も弾薬も、米軍からの供与品であった。

アメリカも日本が独自に武器兵器を作ることを許さなかったことともあいまって、日本の軍事産業は育っていない。左翼が強かったころ、武器輸出3原則を認めざるを得なかったことも影響している。

日本を抜本的に洗いなおさないと、このまま溶けていってしまうことになろう。


平成24年10月18日.

日中もし戦わば・・。

何度も書くが、戦いを恐れてはならないのだ。
恐れることが戦争を引き起こす。

 総兵力、日本23万人、中国230万人。戦闘機、日本361機、中国1200機。艦艇、日本143隻、中国950隻(『現代』)。国防費も日本の4兆7000億円に対し、中国8兆7000億円(『アサ芸』より)。

これを見る限り、日本に勝ち目はない。
しかし、航空機の性能、技能の練度などを総合的にみると、間違いなく日本が勝つというのが、専門家の見方。

ただし、条件がある。短期決戦で決着をつけることと、事前に弾薬、魚雷、ミサイルなどを十分に確保しておくこと。

どういうわけか日本は日進日露のころから弾薬不足の国なのである。『坂の上の雲』にも書いてあるが、決戦を挑もうにも弾薬がない。大東亜戦争時もそうであった。
弾薬をため込んでから『さて、一戦交えるか』では短期決戦はできない。

もう一つの日本の弱点は、防衛出動がかかるまで3日ぐらいかかるらしい。その間に海上兵力は全滅してしまうとの見解を示す人もいる。
早急なる法整備が求められる。

三島由紀夫ではないが『自衛隊は巨大な武器庫になってどこへ行こうというのだ』

日本のために命を懸ける自衛官に法律を破ることを期待しなければならないなんて、なんという国なのだろう。

しかし、心配ない。
国民一丸となって戦うことを恐れなければ、戦争にはならない。


平成24年10月17日.

寄付金は増え続けている。

今日の産経ニュースによると、尖閣諸島が国の所有になった後も、寄付金は徐々に増えているという。

14億7千万円を超えたそうだ。

消費税アップには反対だが、寄付はする、つまり、『いいこと、納得できることに使ってくれるのであればお金は出すよ。無駄遣いしている税金は払いたくないよ』と、国民は言っているのだ。

無能な政治家、具体的な名前を言ってしまうと田中直樹元防衛大臣、田中真紀子文部科学相の歳費などは払いたくない。なんとか財団などに天下ったお偉いさんの給料や退職金も払いたくない。

ちょっと脱線するが、『田中真紀子文部科学相は16日の閣議後記者会見で、ノーベル医学・生理学賞の受賞が決まった山中伸弥京都大教授(50)に対し、閣僚から洗濯機を贈ることを提案したと明らかにした。』んだそうだ。ばっかじゃないの。

元へ戻って、私自身、国有化された時、寄付したお金を返してもらおうと思った。石原氏が国に寄付するというようなことを言ったためだ。あんな政府に寄付金を任せるぐらいなら飲み屋のねぇーちゃんを喜ばせたほうがましだと思ったのだ。

しかし、結局は寄付金返還を求めるのはやめた。
石原さんに預けておくのがいい。

今日のニューでも『石原慎太郎知事は15億円近く集まった寄付金を基金とし、総選挙後の新政権が行う尖閣諸島でのインフラ整備などに活用してもらうとの考えを示している。』とある。

『総選挙後の新政権』というところがみそだ。



私は安倍政権となることを大いに期待している。


平成24年10月16日.

石原伸晃は馬鹿丸出し。

そろそろ話を尖閣に戻そう。

自民党石原伸晃が、バカなことを言っていた。
『中国は尖閣に攻めてくることはありません。なぜなら、人が住んでいないから…』
バカか、こいつは…。

誰も住んでいないから、悠々と乗り込んでくるのだ。
一人でも住んでいれば、その人を殺さなければならない。
日本の領土であるから、殺せば日本の法律が適用され、裁判にかけられる。
だから躊躇する。

だから私が住もうというのだ。

もっとも今の政権では、日本人が殺されたことそのものを隠ぺいするだろう。
そこで、トップページにも書いたブログ作戦が必要なのだ。

私一人ぐらい犠牲になってもいい。この戦いに勝て。日本よ、恐れるな。


平成24年10月15日.

通州事件 その10。

昨日は、『戦争は勝たねばならない。そのためには、プライドも名誉も武士道も捨てよ。汚いといわれようが、卑怯と言われようが、男らしくないといわれようが、勝て。生き残るには、それしかない。』と、まとめるつもりが、書いているうちに正反対の結論になってしまった。

しかし、相手が大嘘をつき始めた瞬間に毅然と『それは嘘だ』と言っていれば、相手も黙る。

靖国神社も、総理が堂々と参拝してしまえば、それでオシマイ。



こそこそと、中途半端な言動をしているから相手はさらに言いつのり、『ほんとかもしれない』と思う人や『小虐殺ぐらいはあったのではないか』と思う人が表れる。

こそこそしていることによって問題を大きくしてしまったのは自民党だ。

10月11日の産経で、石平氏は、今回の支那の尖閣騒動についてこう語っている。

『9月26日、「尖閣で妥協しない」と宣言し、それこそ「半歩も譲らない」との姿勢を明確に示したのは、むしろ日本の野田佳彦首相なのである。
 それに対して、中国政府はテンションを上げて言葉上の激しい批判を展開したものの、さらなる「対抗措置」をとることはいっさいなかった。野田首相発言の翌日、今度は、党内序列4位の人民政治協商会議全国委員会の賈慶林主席が日本側の代表団との会談に応じて出て、「日中関係を大事にする」うんぬんを語り始めた。』



石平という人もちょっと怪しげなところもあるが、この一節は正しい。
毅然とし発言の前には、うそと恫喝は影をひそめるものなのだ。民主党政権は信用できないが、野田という人はなかなかのものだと思う。


さて、次の総選挙では自民党が第一党になるだろう。さて、安倍さんはどうする気か。見ものだ。


平成24年10月14日.

通州事件 その9。

『正々堂々と雌雄を決しよう』とする、日本の武士道は、私は世界に誇る日本人の美徳と思っている。
しかし、時と場合による。

通州事件においては、その美徳は利敵行為と同義語である。

日本人を虐殺した保安隊を討伐しなかったことのほかに、もう一つのお人よしの例がある。それは、日本人の方から、この事件を隠ぺいしようとした形跡があるのである。

確かに軍部が支那人に騙され、手玉に取られ、国民を守ることができなかったのであるから軍部にとってはこの上ない恥だ。
しかし、この事件を世界に発信し、世界世論を日本の味方につければ、その後の趨勢は違ってきたろう。

結果的に日本の隠ぺい工作は功を奏さず、世界に報道されたが、もっと宣伝戦に利用すべきであった。
こんないいネタ(亡くなった方には礼を失した言い方で、申し訳ないが…)を、自ら隠蔽しようとするとは何事か。

宣伝戦に利用しようという発想がわかなかったのは、日本人のお人よし加減であるとともに、宣伝戦の下手さ加減、また軍部の妙なプライドのなせる業だ。
プライドも名誉も誇りも投げ捨てて勝つこと、それが正しい軍の在り方だ。

支那を見よ。朝鮮を見よ。
あることないこと言いたい放題。うそも100辺いうと、ほんとになる。ほんとにならないまでも、『ほんとかもしれない』と思う人が表れる。
『大虐殺はなかったかもしれないが、小虐殺ぐらいはあったのではないか』と言い出す人も現れる。

そもそも『やらなかった』ということを証明することはできない。
テレビの推理ドラマでも『私が彼を殺すわけがないじゃないですか』としか言わない。『犯行時刻には○○に居て、犯行現場に行くことはできなかった』というアリバイを証明するしかないのだ。

アリバイが証明できないと、いつまでも疑られることとなる。

南京大虐殺も、従軍慰安婦も、ABC級戦犯もその口である。
この一点については、支那朝鮮を見習うべし。


いや、やはり見習ってはいけない。大嘘をつき通すなど、人間のやることではない。
負けてもいいから、あんな犬畜生と同じになるな。




平成24年10月13日.

通州事件 その8。

支那保安隊の連中は見せしめのために、全員銃殺すべきだった。

それを怠ったから、支那保安隊の連中は後に移動して支那軍に加わったのである。
「暴に酬ゆるに暴を以って」すればよろしい。紳士的すぎるのは、時によっては罪悪だ。

大東亜戦争においても、日本海軍は艦隊決戦を望み、商船は沈めなかった。
それに対し米軍は、商船どころか、赤十字のマークを付けた病院船まで沈めた。
東京大空襲をはじめとする都市爆撃は、非戦闘員虐殺以外の何物でもない。

しかし、その結果が負けとなり、日本の正義を主張する場さえ失われた。

戦いは勝たねばならない。だまそうが卑怯な手を使おうが、国際法に違反しようが、勝たねばならない。
戦争は、『正義は勝つ』のではない。勝ったほうが正義なのだ。なぜなら、自分の正義を主張できるのは、勝ったほうだけなのだから…。


負けたほうは、正義を主張する機会さえ与えられない。


平成24年10月12日.

通州事件 その7。

『支那人の行動基準は、すべて自己の利益である』というキーワードを通してみると、支那人の行動がよくわかる。

自分の信念などなく、その時その時の強いものにつく。そこには信義、思いやり、善意、人としての矜持などの入り込む余地は全くない。強いものに媚びるためには裏切り、虐殺、略奪、うそをつく、どんなことでもする。

これは昔も今も変わらずに、支那人のDNAに組み込まれている。
ついでに書くと、朝鮮人も同じである。小型支那人と思えばよい。

蛇足ながら付け加えると、『強いものにつく』という意味は、日本人が考える『強いものにつく』とは少し違う。
日本人の場合は『この戦いは家康殿の勝ちとなろう。よって東軍に加勢いたす』ということである。

支那人の場合は正確に言うと『強かったものにつく』・・・つまり、勝ったものの方にこびへつらうということだ。
落ち武者の首を取って恩賞にあずかろうとする百姓と何も変わらない。


通州事件もその例に漏れない。

南京政府のデマ放送『盧溝橋で、日本軍は敗走。蒋委員長は近く29軍をもって大挙(たいきょ)冀東を攻撃し、偽都・通州を屠(ほふ)り、逆賊殷汝耕を血祭りにする』を信じた保安隊は、『そうなったら自分たちも逆賊として討伐される』と考えた。

機先を制して日本人をなるべくむごい方法で殺し、これを手土産にして北京の宋哲元へ馳せ参じようと考えたのだ。

支那保安隊の連中は虐殺後、意気揚々と北京へと向かった。
ところが、そこにいたのは宋哲元軍(29軍)ではなく、日本軍だった。

それを知った支那保安隊の連中は慌てて逃げたが、日本軍に捕まった。

中島29軍顧問は「機関銃をくれ、仇をとってやる」と息まいた。

しかし、「それでは暴に酬ゆるに暴を以ってするだけだ。」と止められ、結局、支那保安隊の連中は収容もされず城外に放置されただけとなった。

ここにも日本人のお人よしさが表れている。


平成24年10月11日.

通州事件 その6。

Sさんの手記はまだ続く。下のURLからお読みいただきたい。

『通州事件の惨劇 (Sさんの体験談)-日本人皆殺しの地獄絵-』URL
其の一 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100730/p1
其の二 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100816/p1
其の三 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100901/p1
其の四 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100915/p1
其の五 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100929/p1


女性はすべて家から引き出され、衆人環視の中で数人に強姦され、その後、あるいは生きたまま陰部を切り取られ、あるいは陰部にほうきを突き立てられ、あるいは首を落とされる。

男たちは、手の甲に穴をあけられ、針金で数珠つなぎにされ、さらに男根を切り取られる。

旭軒という飲食店では、女性7,8名が強姦され首がカウンターに並べられる。

妊婦は腹を裂かれ、掴み出した子供を踏みつけて殺す。

子供は鼻に針金を通し、数珠つなぎにしたまま引きずり回して死に至らしめる。

殺した人の頭の皮を剥いだり、腸を引きずり出したりして、死体を痛めつける。

挙句の果てには、周りで見ていた支那人が死体に駆け寄って、身に着けていたものを略奪し始める。

これがこの世の地獄でなくてなんでしょうか。全部支那人がやったことなのです。やられたのは日本人です。


平成24年10月10日.

通州事件 その5。

7月29日、準備万端整った支那人部隊保安隊と学生は、午前0時時を期して通州城門を閉鎖し、いよいよ行動に移った。

Sさんは言う。

七月二十九日の朝、まだ辺りが薄暗いときでした。突然私はTさんに烈しく起こされました。大変なことが起こったようだ。早く外に出ようと言うので、私は風呂敷二つを持って外に飛び出しました。

Tさんは私の手を引いて町の中をあちこちに逃げはじめたのです。町には一杯人が出ておりました。そして日本軍の兵舎の方から猛烈な銃撃戦の音が聞こえて来ました。




中村粲氏の記述によるとこうだ。

 我が部隊の手薄なこの時期を狙(ねら)って、張慶余、張研田の両保安隊は日本軍民への襲撃を開始した。
 夜影に乗じて長官公署を襲って殷汝耕を拉致し、主力は日本軍守備隊を襲撃した。
 我が方の残留兵力は極めて僅少ではあったが、千数百を算する敵の攻撃に対して死力を尽くして戦った。
 守備隊には軽機関銃、小銃、手榴弾があるのみで重火器は無かった。

(中略)

 また通州特務機関は、1個中隊ほどの保安隊の襲撃を受け、2名の少年給仕(日本人)を含む機関員が死力を尽くして応戦したが、数十倍の敵には抗し難く、遂に全員が壮絶な最期を遂(と)げ、特務機関は全滅した。




7月29日の夜中から響いていた銃声は、明け方には聞こえなくなった。
Sさんは、日本軍が勝ったのだろうと思ったと記しているが、実は日本軍守備隊、特務機関とも全滅していたのだ。

いくら勇敢なわが帝国陸軍も多勢に無勢、おまけに装備も整った支那の保安隊にはかなわなかったのだ。

8時過ぎごろになって「日本は負けた。日本人は皆殺しだ」という声を聴き、Sさんは駆け付けようとするが、夫である支那人Tに、一旦は止められる。

しかし、9時ごろになって「女や子供が殺されている」という声が聞こえてきたので矢も盾もたまらずTの手を引いて、Sさんは居留地に駆けつける。

そこで彼女が見たものは、この世とも思えない地獄絵図だった。




黒文字は筆者、青文字は引用です。




平成24年10月9日.

通州事件 その4。

彼女の手記は、つづく。

この頃通州にいつもいた日本軍の軍人達は殆どいなくなっていたのです。どこかへ戦争に行っていたのでしょう。

これは、中村粲氏の記述によるとこういうことだ。

 折もおり、通州の日本軍守備隊は、主力が南苑攻撃に向かい、留守部隊は藤尾小隊40名、山田自動車中隊50名、それに憲兵、兵站(へいたん※補給の事)、兵器部その他を合わせて110名程度の微弱な兵力でしかなかった。

なぜこんなことになったのか。
次の記述を読めばわかる。

張慶余、張硯田両総隊長は、通州特務機関長細木中佐が、第29軍の通州攻撃を防ぐために開いた軍事会議の席上、密かに示し合わせて細木機関長を欺(あざむ)き、分散していた配下の保安隊を通州に集結させるよう提案した。
 両名を信頼していた細木中佐はこれに賛成、かつ散在していた日本居留民を保護するため通州に集合させたのであった。
 

ややこしいから、簡単に書く。

保安隊(支那人部隊)が『29軍(国民党軍)が襲ってくるかもしれないので、我々が守ってあげましょう。我々は親日です』と持ちかけ、近くに分散していた保安隊全員を通州に集結させた。

これを真に受けた通州特務機関長細木中佐は、保安隊の通州集結を認めるとともに、日本居留民を通州に集結させ、日本軍の通州守備隊は通州を留守にしたのである。

なんとまあ、念のいった騙され方か。日本人のお人よしは今も昔も変わっちゃいない。

支那人も変わっちゃいない。
平気でうそをつく。平気で人をだます。簡単に強いほうに寝返る。簡単に裏切る。
彼らと付き合うときは、これが支那人の本性であることを十分肝に銘じておくべし。

黒文字は筆者、青文字は引用です。


平成24年10月7日.

通州事件 その3。

ここに、一つの手記がある。語るのは、日本人Sさん(女性)。
日本人のほとんどが殺され、目撃証言もない中、この証言は貴重である。
この証言内容は、翌日駆けつけた日本軍の検証結果とも一致しており、信頼に値する。

彼女は、Tさんという支那人と結婚し、昭和9年(1934)から通州に住んでいた。
事件発生前の記述で、彼女はこう述べている。

それは(通州に移り住んだのは)昭和九年の初め頃だったのです。Tさんが言っていたとおり、この通州には日本人も沢山住んでいるし、支那人も日本人に対して大変親切だったのです。

しかしこの支那人の人達の本当の心はなかなかわかりません。今日はとてもいいことを言っていても明日になるとコロリと変わって悪口を一杯言うのです。

支那人の持つ2面性が分かる記述だ。このような支那人の性格を知れば、昭和12年の通州事件という惨劇は偶発的なものではないことが理解できる。

通州の日本疎開や日本軍相手に商売をしていたSさんだが、だんだん反日色が強くなってきたので日本人相手の商売をやめた。
そして、時は昭和12年7月になる。

あれは七月の八日の夕刻のことだったと思います。支那人達が大騒ぎをしているのです。何であんなに大騒ぎをしているのかとTさんに尋ねてみると、北京の近くで日本軍が支那軍から攻撃を受けて大敗をして、みんな逃げ出したので支那人達があんなに大騒ぎをして喜んでいるのだよと申すのです。

私はびっくりしました。そしていよいよ来るべきものが来たなあと思いました。でも二、三日すると北京の近くの盧溝橋で戦争があったけれど、日本軍が負けて逃げたが又大軍をもって攻撃をして来たので大戦争になっていると言うのです。

こんなことがあったので七月も半ばを過ぎると学生達と保安隊の兵隊が一緒になって行動をするので、私はいよいよ外に出ることが出来なくなりました。

この頃でした。上海で日本人が沢山殺されたという噂がささやかれて来ました。

済南でも日本人が沢山殺されたということも噂が流れて来ました。蒋介石が二百万の大軍をもって日本軍を打ち破り、日本人を皆殺しにして朝鮮を取り、日本の国も占領するというようなことが真実のように伝わって来ました。

このころのことを、当時特務機関員であった中村粲氏は、こう記述している。

 調度、事件の起こった27日頃、デマを流すので有名な南京放送(中国国民政府の御用放送)が「盧溝橋で日本軍は29軍に惨敗し、豊台と廊坊は完全に中国軍が奪還した。中央は陸続、華北の戦野んい兵を進めつつあり、日本軍の潰滅も旬日のうちであろう」と事実と正反対の放送を流した。

 南京政府は最後に「軍事会議の結果、蒋委員長は近く29軍をもって大挙(たいきょ)冀東を攻撃し、偽都・通州を屠(ほふ)り、逆賊殷汝耕を血祭りにすることを決議した」と叫んでいた。




つまり、支那人は事実と全く逆な情報に踊らされていたのだ。
平成の支那といかに似ていることか。

黒文字は筆者、青文字は引用です。


平成24年10月6日.

通州事件 その2。

もう一度通州事件を調べなおして、気持ちが暗くなってきた。
この、見るも無残な惨劇、また起きそうな気がする。

おい、支那に行っている邦人よ。早く帰って来い。



通州へ救援に赴いた支那駐屯歩兵第二連隊小隊長の証言

「守備門の東側を出ると、殆ど数間間隔に居留民男女の惨殺死体が横たわっており、一同悲憤の極に達した。

『日本人はいないか』と連呼しながら各戸毎に調査してゆくと、鼻に牛の如く針金を通された子供や、片腕を切り取られた老婆、腹部を銃剣で突き刺された妊婦の死体がそこここの埃箱の中や壕の中などから続々出てきた。

ある飲食店では一家ことごとく首と両手を切断され、惨殺されていた。

婦人という婦人は十四、五歳以上はことごとく強姦されており、全く見るに忍びなかった。

旭軒では七、八名の女は全部裸体にされ強姦刺殺されており、陰部に箒(ほうき)を押し込んである者、口中に土砂をつめてある者、腹を縦に断ち割ってあるもの等、見るに耐えなかった。

東門近くの池には、首を縄で縛り、両手を合わせてそれに八番鉄線を突き通し、一家六名数珠繋ぎにして引き回された形跡歴然たる死体があった。

池の水は血で赤く染まっていたのを目撃した」

 
これが支那人のやることだ。


平成24年10月5日.

通州事件 その1。

通州は、北平(現:北京市)の東約12kmにあった通県(現:北京市通州区北部)の中心都市であった。
当時、通州には婦女子を含む日本人居留民約380名と日本軍留守部隊約110名がいた。その日本人を守ると偽って通州に集結した保安隊(支那人部隊) 千数百人が、昭和12年7月29日、日本人を攻撃、虐殺を行ったものである。

九死に一生を得た日本人女性は「日本人は殆ど殺されているでしょう。昔シベリアの尼港事件も丁度このような恐ろしさであったろうと思います。」と述べている。
強姦され陰部にほうきを刺された女性の遺体、テーブルの上に並べられていた喫茶店の女子店員の生首、斬首後死姦された女性の遺体、腹から腸を取り出された遺体、針金で鼻輪を通された子供などの写真が同盟通信を通じて日本全国に報道されると、日本の怒りは頂点に達した。

これが支那事変に突入した真の原因である。
それがどうしたことか、この事件が日中双方の歴史から欠落し、『盧溝橋にて「北支事変」勃発、日本は華北を侵略する。日本軍は第二次上海事変を起こし、上海へ出兵する。』となっていて、『日本悪玉論』が幅を利かしているのである。


平成24年10月3日.

支那とは縁を切れ。

ただいま帰りました。
いや、本当は7時ごろついたのだが、2日空けると仕事が山のようで、整理に今までかかっちゃったのです。

あっ、このブログは時間が出ないのですね。今、22時10分。
海軍式に言うと、『現在時刻、フタフタヒトマル』です。

さて、支那のデモやら不買運動やらだけならまだしも、邦人の身に危険が迫っている。
政府は何とかしろ。

昨日も書いたように、通州事件の再来も考えられる。

通州事件は、教科書からも抹殺されていて、ほとんどの国民は知らない。
もちろん私も知らないが、母から『通州事件のことを聞いたときは、そりゃ怖かった』と何度も聞かされていたので、私にとっては身近な歴史的事実だ。
事件当時(昭和12年)、母は支那の福州にいた。16歳だったはずだ。

明日からしばらく、通州事件について書いてみようと思う。


平成24年10月1日.

支那とは縁を切れ。

今日は、これから仙台へ…。

頭の中も少し整理がついて、ちょっと視野も広がってインターネットを開くと…。

それにしても支那の反日行動はしつこいね。
様々なイベントの中止から、最近は邦人に対する攻撃まで行われている。

ラーメンをかけられたとか、メガネを壊されたとか、そのうち死人が出るぞ。
本来、パスポートを持った外国人の保護は、その国の政府の義務だ。その義務を果たせない、または果たさない国があれば、邦人保護のための軍隊派遣は認められているぞ。

このままだと、『暴支膺懲』を掲げて日支事変に突入するぞ。それを避けるにはただ一つ。支那との国交を断絶することだ。つまり縁を切る、かかわりあわない、それしかない。

その第一歩は企業の撤退だ。それをしないと、通州事件が起こるだろう。

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