尖閣諸島は、日本の領土だ。

メッセージ過去ログ・5

メッセージ過去ログ・5

平成25年1月1日~2月28日


平成25年2月28日.

面白いニュースが…。


http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130228/waf13022811330018-n1.htm

「維新辞めたっていい」橋下氏が激怒 日銀総裁人事案めぐる維新国会議員団からの批判で
2013.2.28 11:31

 次期日銀総裁人事に関し、維新国会議員団のメンバーから「口を出すな」と言われたとして、日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は28日、「(共同)代表のポジションにしがみつかせてほしいというつもりは毛頭ない」と述べ、共同代表の辞任示唆ともとれる発言をした。

今日は、面白いニュースが飛び込んできた。
日本維新の会共同代表の橋下徹氏が、辞任するかもしれない。

私はもともと、橋下抜きの維新の会がいいと思っていた。どうもあいつは信用できない。
橋下抜きにして、自民党と連立を組むべきだ。
自民党の方も、公明党抜きにしてもらった方がいい。

もっとも、橋下抜きの維新の会なら、太陽の党と何が違うのか。
石原氏が橋下と組んだこと自体が、アッシにゃ理解できない。


平成25年2月27日.

戦争に勝つ方法、その4。


問題は支那軍が、独断専行で暴発した場合だ。

『偶発的に戦闘状態になった時は、自衛隊は一発の弾を撃つこともできないまま、2,3日は叩かれっぱなしということになる。』と、2月22日に書いた。

安倍総理がそれを許すはずはない。閣議決定を待たず、すかさず『防衛出動』を下令するであろう。
それを受けた自衛隊は、間髪を入れず応戦し、支那軍に重大な損害を与えるであろう。自衛隊には、その力がある。

そのような事態となった時は、安倍総理には、すかさず超法規処置を取ってもらいたい。
それ以外にはない。

戦争に勝つ方法は、これで終わりとする。
最後にもう一度書く。戦争とは、戦闘が始まる前から始まっているのだ。今、実は対中戦争の真っただ中なのだ。
気を抜くべからず。


平成25年2月26日.

戦争に勝つ方法、その3。


そこで日本は、次の手として何をしなければならないか。
『相手の逃げ道を作っておくこと』である。

『包囲せん滅』をするには相当の力の差があるときしかできない。どう頑張ったって、支那全土を殲滅できるわけがないし、そんなことをやろうと思ったら第3次世界大戦となる。

どこかで落としどころを見つけなければならない。
落としどころはどこなのか、それは私にはわからない。
はっきり言えることは、落としどころとは習近平の振り上げたこぶしの下ろし場所と同じだということだ。
習近平が支那国民に対し『見ろ、日本にぎゃふんと言わせたぜ。俺の力はこんなものだ。どうだ、すごいだろう』と言えるネタを作ってやることだ。



日本は、あわてず騒がず、『今日はこれぐらいにしといてやらぁ』と一応カッコウをつけつつ肩をそびやかしながら立ち去っていく習近平を心静かに見送ればいい。

続く


平成25年2月25日.

戦争に勝つ方法、その2。


戦争に勝つ方法は、相手より大軍を用意すること、相手の逃げ道を作っておくこと、この二つであることは昨日書いた。

さて、それを尖閣問題に当てはめるとどうなるか。

習近平は、内政の都合から軍部に取り入りたい。そこで軍を持ち上げる。
そのためには、外敵を作り、戦闘準備をさせ、士気を高める。
いかにも尖閣が戦争前夜であるかのごとく、状況を作り出す。

習近平としては『わしらの親分習近平様、これからは忠義を尽くします』と言ってもらうだけでいいのだが、軍は、習近平のお墨付きをもらったから何をしてもいいと勘違いし、独走をしかねない状況になった。

習近平は、困ったなと思っているところに今回の安倍総理のアメリカ訪問だ。
安倍総理はここで『日本を相手に戦うということは、日米連合軍を相手にするということだぞ』と、習近平にメッセージを送ったのだ。
これで習近平は『大軍を以て相手(日本)の士気をくじき、戦わずして勝つ』見込みはなくなった。
ここで軍が下手な動きをすると、自らの命取りになりかねない。
やる気満々の軍をソフトランディングさせるために、習近平は当分苦労することになろう。

アメリカとがっちりスクラムを組んでいることを見せつけたということで、安倍総理の方が戦わずして勝ったのである。

続く


平成25年2月24日.

戦争に勝つ方法、その1。


宣戦布告とは、『戦闘開始』の布告だ。戦争というものは、戦闘開始の前から始まっている。

その意味で、今は支那とは戦争状態なのだ。
それが戦闘状態になるか、ならないかはこれからの持って行き方次第だ。

戦争に勝つ方法は単純だ。相手より大軍を用意すること、相手の逃げ道を作っておくこと、この二つだ。

『大軍を用意する』とは、兵士の人数に限らない。兵士の士気、武器の質、第三国の世論などを含む。
実際に戦闘になっても勝てないと思えば、敵の士気は喪失し、戦争回避に向かう。

『逃げ道を作っておく』必要もある。窮鼠返って猫をかむともいう。追い詰められた敵は、死にもの狂いになるから、たとえ勝ったとしても、こちらの被害も大きい。
城を囲むのに三方から攻めても、一方は開けておく。不利になったとみた敵は、逃げ道があれば逃げ出す。逃げ道がないと、徹底抗戦せざるを得ず、戦闘も長引き、被害も多い。

問題は、こちらもそう思っていると同時に、敵もそう思っているということだ。

続く


平成25年2月23日.

早く自衛隊を防衛軍にしろ。


偶発的戦闘が勃発したとしよう。
自衛隊は数日、たたかれっぱなしになる。

もちろん安倍政権がそれを看過するはずはない。即座に『超法規措置』として『防衛出動』を下令するであろう。
『超法規措置』ということは、簡単に言うと『法律を無視して…』または『法律にないことを勝手に…』ということだ。
一旦法律の外に出てしまえば、まったく歯止めがない。やりたい放題になる。

実際には、日本人としての武士道精神や倫理観から、諸外国でいうような『やりたい放題』にはならないであろう。しかし、基準がないということは、各指揮官によって基準が変わるということだ。

大体、世界に対しては『自衛隊は軍隊である』といい、日本国内に対しては『自衛隊は軍隊ではない』という。
国の根幹を担う防衛を担う軍人たちに対し、そんな非礼な扱いをする国は、日本以外にない。
恥ずかしい限りだ。


平成25年2月22日.

防衛に関する法整備を急げ。


習近平自身の意志としては、今後対日融和にかじを切りたいところであろう。
しかし、『政権安定のために軍を掌握したい』ということは、逆に言うと『今のところは完全に軍を掌握しきっていない』ということだ。

今後、軍を掌握するためには危機をあおり、軍の重要性を強調すると同時に、軍に対する予算を増やす必要がある。
その結果、思い上がった軍が習近平の意志とは別に、勝手に動く恐れもある。

今回のレーダー照射は、その表れではないだろうか。
とすれば、偶発的に戦闘が開始される危険性を否定できない。

自衛隊はあくまで『宣戦布告』があって始まる戦争を想定しており、偶発的戦闘勃発に対処できない。
つまり、偶発的に戦闘状態になった時は、自衛隊は一発の弾を撃つこともできず、叩かれっぱなしということになる。
『防衛出動』が下令されるまでに2~3日はかかるであろう。
その間に多くの自衛官が死に、戦闘機、艦船が破壊されてしまう。
法律上はそういうことだ。

防衛に関する法整備が急がれるのは、こうならないためなのだ。


平成25年2月21日.

今こそ、防衛力の整備を…。


昨日述べた理由により私は、習近平は、今後対日融和にかじを切っていくと思っている。


だからと言って日本は、手を緩めていいわけではない。
これを機に、防衛の在り方、国境の守り方、安全の維持の仕方を十分検討すべきだ。



攻めて来るか来ないかは敵さんの都合。どう守りを固めるかは、こちらの都合。
こちらとしては、やるべきことを粛々とやっておかなければならない。
なんといっても日本は、世界最悪の泥棒国家、うそつき国家、詐欺師国家、強盗国家に囲まれているのだから…。



それと、売国政権民主党は、野党になったからと言って見逃すわけにはいかない。党崩壊に追い込むべし。

社民党は、ほおっておいても崩壊するから、どうでもいい。


平成25年2月20日.

習近平は、対日融和にかじを切ることになるであろう。


1970年代になって領有権を主張し始めた支那。それまでは、日本の領土だと認めていたことは、各種資料で明らかである。

しかしおかしなことがある。領有権を主張し始めてから40年、それほど大きな動きもなかった尖閣問題が、ここに来て、なぜ急に戦争勃発前夜を思わせる状況になったのだろう。

一つ考えられる理由は、民主党政権成立である。
この党は組みし易いとみた支那が、実力行使に出てきたのではないか。

しかし、鳩山、管はともかく、野田は思ったより強硬であった。支那も思惑が外れたのではないだろうか。私の邪推では、野田などのチンピラ政治家まで、支那の懐柔策が及んでいなかったとみる。

そのうち支那もトップが入れ替わり、習近平政権となり、日本では自民党が政権の座に返り咲いた。おまけに首相は保守ガチガチの安倍ときた。

ここで習近平は引くに引けない。なぜなら習は、政権を完全に掌握しきれておらず、軍だけが頼り。軍を掌握するには国外の敵(戦う相手)が必要だ。
それには日本がちょうどよかった。
国民の不満のはけ口としても使える。一石二鳥のはずであった。

しかし困った問題が起きた。軍には薬が効きすぎ、本気で対日戦をはじめかねない。習近平は、支那が日米を相手に戦う力のないことを知っている。

一方、国民の反日デモは、反政府デモの様相を帯びてきた。

どちらも、習近平の望むところではない。ここいらで火を消さなくては、中華人民共和国の崩壊を早めることになりかねない。

否が応でも習近平は、対日融和にかじを切らざるを得ないだろう。
今頃、上げたこぶしの下し場所を模索しているのではないだろうか。


平成25年2月19日.

許せないやつは・・・。


支那は手を変え品を変え、尖閣占領のためのフェイントをかけてきている。
けしからんとはいえ、支那は支那の国益のためにいろいろやるだろう。

日本は日本の国益のために、すべての手を使えばいい。

しかし、許せないのは日本人のくせに日本の国益に反することをやるやつだ。

2013/2/ 7 18:12のJ-CASTニュースに、

「尖閣国有化前から複数回、レーダー照射あった」 日中関係悪化を懸念して民主党政権公表せず?

という記事がある。
http://www.j-cast.com/2013/02/07164585.html

中国海軍艦船による海上自衛隊護衛艦などへの火器管制レーダー照射をめぐり、同様の危険な事態は尖閣諸島が国有化される以前から起きていたという報道が出ている。
・・・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・・
日経新聞は2月7日付朝刊で報道した。照射の事実を公表しなかったことについて、「当時の野田佳彦首相や岡田克也副総理らは『日中関係を悪化させたくないとの判断で公表を避けた』と関係者は見る」と記している。

民主党はとんでもない政権だったが、これが事実なら許すことはできない。
日本人である自衛官の命をこの上ない危険にさらしたことになる。人命軽視も甚だしい。

絶対許せない。



ついでだから、怒りに任せて書いちゃう。

http://zerodoppelganger.ti-da.net/e2737652.html

輿石参院議員:農地を無断で車庫や舗装路に 法律に違反



国政の中心にいたやつ(当時)が、このざまです。

http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-date-20130216.html

輿石東を農地法違反で告発!

2月15日午後、「農地問題を考える会」(代表荒木紫帆=「維新政党・新風」婦人部長)は、輿石東参議院議員の農地違法転用を調査した結果、悪質な法律違反があると認め、当該違反行為を告発するために横浜地方検察庁に赴き、告発状を提出した。


平成25年2月18日.

飛行艇はすごい。その3


尖閣を、『芸術の島』とする。
尖閣に美術館を作る。
世界一流な芸術家を呼んで、絵画をはじめ、彫刻なども展示する。
その芸術家は、日本のビザを取得し、尖閣に入る。

ビザを発給するということは、これ以上の実効支配はない。
何かトラブル(支那の領有権主張)があっても、政治、軍事に関係のない、芸術家という文化人が、日本の実効支配を証明してくれる。

話は飛んで、北方領土の墓参ができない理由は、ロシアのビザを取って北方領土に行くと、国後、択捉などはロシアの領土であることを政府として認めることになるから、許可されないのだ。

同じことが尖閣にも言える。尖閣訪問のビザを発給することが、日本の実効支配の証明になる。とはいえ、誰もいない島、何もない島に、誰も行きたいと思わない。そこで『芸術の島』として、尖閣を再開発する必要がある。

さて、話は戻って、その芸術家を尖閣に送る手段が飛行艇なのだ。
石垣島へまず渡り、そこから船で行くと5時間、燃料節約のためのエコスピードで行くと8時間かかる。

飛行艇なら、那覇空港から1時間かからずにつく。
尖閣には飛行艇を係留できる船着き場か、スベリを設けたヘリポートほどの平地があればいい。
費用もきわめて安くつく。

あんないい飛行艇を、救難用に数機作って終わりにすることはもったいない。
ぜひ、政府に検討してほしい。



平成25年2月17日.

飛行艇はすごい。その2


飛行艇というものは実に便利だ。水面(海でも湖でも川でもいい)があれば降りられる。

短時間なら係留しておいてもいいが、基地とするなら水面への出入り口としてのスベリ(斜路)を設けたヘリポートほどの陸上スペースがあればいい。滑走路を造るより、よほど安上がりだ。

参考動画
http://www.youtube.com/watch?v=gqOfm9XTr6M

離島との連絡用に使えば、船よりはるかに速い。

海岸や湖水付近だけに限定して考えると、オスプレイに近い機動力を期待できる。
飛行艇は、もっと進化させ、利用すべきだろう。


平成25年2月16日.

飛行艇はすごい。


尖閣島おこしの会の姉妹サイト『万景峰号の入港を阻止する会』の掲示板コーヒールームで、飛行艇論議が始まっている。
日本の飛行艇技術は世界一だ。海上自衛隊に配備されている水陸両用の救難飛行艇US-2は、3mの波でも離着水できる。こんな飛行艇は世界にない。

新明和が作ったもので、軍用機として設計されたものだが、民需用として輸出できないものか。
大いに外貨獲得に貢献するだろう。

本当は、武器輸出三原則とやらを破棄するのがよい。国産の武器兵器の価格が下がり、防衛予算が安く済むことは論を待たないが、ポイントはそこにあるのではない。

武器を売ってやるということは、どんな条約よりも強い友好の意思表示になるのだ。
お分かりですよね。敵対している国とか、侵略しようとしている国に武器を売るわけがない。
武器を売るということは、『あなたの国を侵略する気はありません。敵対しません。ずっと友好を続けます』ということだ。

将来、共通の敵が現れ、共同防衛体制を組む必要が出てきたときも、武器兵器が共通していれば、弾丸の供給など、便利なこともいろいろある。

遠まわしに言っているが、単刀直入に言えば、ベトナム・フィリピン等に潜水艦をはじめとする武器兵器を売り、対中国包囲網を作れということだ。

その第一歩が、飛行艇という民需品だ。


平成25年2月15日.

愛する国に住もうよ。


『命は地球より重い』か軽いかはここでは述べない。
はっきり言えることは、周りの人を愛せる限りは、生きているだけで、存在するだけで意義があると思う。
なぜなら、周りの人と助けあい、周りの人を思いやり、周りの人のためになろうとするから…。



でも、周りの人を愛せないところ(国)に居るときは、その人の存在自身が悪となる。
なぜなら、周りの人を傷つけ、和を破壊するから…。

加藤紘一、村山富一、河野洋平。この3人は、存在することが日本の、そして、世界平和の敵だ。
なぜなら、彼らは日本が嫌いなのだろう。彼らの好きな支那か挑戦に行くことが、彼らにとっても、他の日本人にとっても、世界人類にとっても最善の道だ。



平成25年2月14日.

法は、自らを縛る。


法律論で行くと、自衛隊機が領空侵犯した他国の戦闘機に対し警告射撃をしたが、それに従わずさらに侵入してきても、撃ち落とすことはできないらしい。

つまり、日本は軍備力はあるが、戦えない国なのだ。

ある航空自衛官は、『機銃を撃てないのなら、それでも大丈夫です。体当たりします』と、答えた。本当なのだ。

中近東方面に行った海上自衛官(艦長)は『タンカーが海賊に襲われたら、すかさず海賊を攻撃しますよ。ええ、アメリカの商船が襲われてでもです。帰ってきたら日本の法律で裁かれるでしょうけどね』と平然と答えた。

日本は、こんな人によって守られているのだ。
そして、日本を守ってくれた人を、日本の法律で裁かなくてはならないのだ。

おい日本、しっかりしてくれよ。


平成25年2月13日.

戦ってこそ、国民を守れる。


昭和12年7月29日のことだ。
当時、通州には婦女子を含む日本人居留民約380名と日本軍留守部隊約110名がいた。
日本人を守ると偽って通州に集結した保安隊(支那人部隊) 千数百人が突如寝返って日本人を攻撃、虐殺を行った、これが通州事件だ。

ここに日本軍2,000人ほどでもいれば、この事件は起きなかった。
日本を戦争のできない国のままにしておこうという人たちは、日本国内で、第2の通州事件が起きるのを認めるということだ。

強い国家の後ろ盾のない国民は悲惨だ。
昭和20年、満州から引き揚げてきた人たちは、途中で身ぐるみはがされ、コーリャン袋に穴をあけたものを着てさ迷い歩いたそうな…。
それでも内地に帰り着いたものはまだいい。
少なからぬ人たちは、途中で殺され、強姦され、あるいは飢え死にしていった。
とても子供を連れてはいけないと思った人は、愛する子供を支那人に預けて逃避行を続けた。それが残留孤児だ。

日本を戦争のできない国のままにしておこうという人たちは、日本国内に、孤児を作ろうというに等しい。

『氷雪の門』という映画を見てほしい。昭和20年秋、ソ連の樺太への侵略で、うら若き電話交換手が何人も青酸カリをあおって死んだ。
『もう逃げられません。これが最後です。さようなら、さようなら』の電話を最後に散って行った乙女たち。

日本を戦争のできない国のままにしておこうという人たちは、この乙女たちの死を平然と見ていられるのだろう。

悲惨なことが起きぬよう、全国民が笑って過ごせるよう、そんな国を作るには、日本を戦える国にしなくてはならない。
戦ってこそ、国民を守れる。


平成25年2月12日.

わからん。


昨日は建国記念の日であった。いわば、日本のお誕生日である。個人の誕生パーティーをやるごとく、国の誕生パーティーをやることは、なんとうれしいことであろうか。私も祝典に参加した。

夜、テレビを見ていたら建国記念式典中央会場が写っていた。
そのあとでは、建国記念の日に反対する輩も集会を開いているのが写った。
日本という国が建国された日を祝うことに反対とは、理解に苦しむ。

その参加者へのインタビューで言っていたことは『戦争のできる国になると死ぬかもしれない。怖い』

おいおい、お前は物事の理解力がないのか。
敵が銃を撃ちまくって攻めてきたとき、黙っていれば全員撃ち殺される。
戦争のできる国になって、銃を相手以上に撃ち返せば多くの人が助かる。何人かは死ぬだろうが、何もしないで撃たれるよりは、はるかに多くの人が救われるのだ。

そんな当たり前のことが、なぜわからないか不思議でしょうがない。
本当だ。理解できないのだ。
本当に聞きたい。誰か教えてくれ。


平成25年2月11日.

中共軍は国軍ではない。


『本当に知らなかったのであれば、中国政府は政府の体をなしていないことになる』と、昨日書いたが、軍も軍としての体をなしていない。
指揮命令系統の整っていない軍など、ものの敵ではない。

とはいえ私は、本当に知らなかったこともありうると思っている。
なぜなら、あの国は『国軍』というものを持ったことがないのだから、軍の規律という意識がないのではないだろうか。

支那における軍事行動は歴史的に見て、すべて軍閥である。
どういうことかというと、時の権力者(または権力者になろうとするもの)が、金で戦闘力を買うのである。

たとえて言うと、織田信長が毛利水軍に対抗するため、九鬼水軍を雇って海軍力を整えたようなやり方と思えばわかりやすいか。
その軍事力を束ねる頭領を軍閥という。
源氏、平氏も軍閥と言えるであろう。
しかし、明治政府になってからの帝国陸海軍は国軍であり、軍閥ではない。
帝国陸海軍内の派閥を『軍閥』ということがあるが、厳密に言うと正しい言い方ではない。

日本が戦った八六軍も軍閥であり、張作林やその子張学良も馬賊を率いた軍閥である。軍閥に所属する兵の忠誠の対象は軍のトップであり、政体のトップではない。

平氏方の兵は清盛に忠誠をつくし、源氏の兵は頼朝に忠誠を尽くすが、時の帝に忠誠を尽くすのではない。

今の中国軍と言われている軍は、中華人民共和国の国軍ではなく、共産党の私兵(軍閥)である。軍のトップには忠誠を尽くすが、政体のトップである習近平総書記に忠誠を尽くすとは限らないし、中国外務省など鼻にも掛けない。。
自衛隊の最高指揮者は、時の総理大臣(何党であっても…)であるのとはわけが違う。

軍が外務省に逐一報告をしないからと言って、驚くにあたらない。彼らなりの指揮命令系統なのだ。


平成25年2月10日.

安倍総理、技あり。


安倍総理の対応の素晴らしさは、『尖閣に公務員を常駐させることは、選択肢の一つだ』と答えたことだけではない。

アルジェリアの問題に対しても当を得ていたと思う。
また、自衛隊の航空機、護衛艦に対するレーダー照射事件に対しても、最大限の評価を惜しまない。

レーダー照射は、大砲、機関砲、ミサイルなどの発射開始の準備である。
つまり、小銃や拳銃でいうなら、銃口を向けて狙いを定め、引き金を引けば弾丸が相手にあたる状態にしたのと同じことである。
国際法上は、レーダーを照射された時点で正当防衛としての攻撃が許される事態なのだ。

このような危険な挑発に対しても、日本側は冷静に対応し、日本側から事態をエスカレートさせる意図がないことを改めて示したことは、中国に対してだけでなく、国際的にも立派な対応であった。

また、この問題をあえて公表したことは、日本側はもちろん、米国を含む国際社会が容認しないという強い警告メッセージを伝えることになり、当面中国側はこの種の行為を自制せざるを得ないだろう。

中国政府は『知らなかった』と言い張っているが、本当に知らなかったのであろうか。
政府の命令でやったというのが、世界各国の見方であろう。

本当に知らなかったのであれば、中国政府は政府の体をなしていないことになるし、知っていて『知らなかった』と言っているのであれば、国家としてうそつきということになる。
どちらにしても中国は世界中からマイナスの評価を受け、日本は大きなプラスの評価となったと思う。

安倍さん、よくやった。



平成25年2月9日.

真の実効支配、その可能性は?????。


真の実効支配とは、民間人が自分の意志で住み、経済活動をしていることが最もいいということは、昨日述べたとおりである。

しかし、その可能性はどうか。
現在の、ちょっときな臭い状況を見ると、たとえ私が10年前から住んでいたとしても、内地への引き上げ勧告、または引上げ命令が出るのではないだろうか。

そんな時期に私のような民間人が『これから行って住み着こうと思います。無人島政策を解除してください』と言っても、『はい、どうぞ・・』というわけがない。

誰かが住む可能性としては、自衛官が常駐するということになろうが、それには制空権、制海権の確保が大前提だ。

確かに今は制海権、制空権とも確保しているが、その状況は佐渡島や伊豆大島とはちょっと違うことは明白である。


そのような現在、安倍総理が『尖閣に公務員を常駐させることは、選択肢の一つだ』と答えたことは、実に理にかなっている。
決して弱気になったのでも、公約を翻したのでもない。

安倍総理、頑張れ。応援は惜しまないよ。


平成25年2月8日.

真の実効支配とは…。


昨日の予算委員会で、原口議員の質問に答え、安倍総理は『尖閣に公務員を常駐させることは、選択肢の一つだ』と答えていた。

私は、上司からの命令で尖閣を仮の住処(単身赴任先)とする公務員ではだめだと思う。
自分の意志で尖閣に赴き、そこを終の棲家とする民間人が居住する必要があるのではないだろうか。

一旦戦火が巻き起これば死もありうる。そんなところに他人に行けとは言えない。誰かが行かなくてはならないのなら、私が行こうというのだ。

ただし条件がある。
1. 船着き場の整備。
2. 通信施設(光ケーブルか携帯電話アンテナ)の整備。
この二つだ。
これは民間人としては不可能だ。
国にやってもらわなくてはならないことだ。

電気も必要だが、最低、発電機の燃料さえ潤沢に供給してもらえれば、海底電線などを敷設しなくとも何とかなる。

ただ住むのではない。民間人として、島で事業を起こすのだ。それこそが真の実効支配である。


平成25年2月7日.

我々は、子孫の祖先。


教育によって日本のどこが素晴らしいのか、世界の国々と比べてみせることが必要だが、比べる基準は現在のことだけではない。古くからの日本のこと、つまり歴史だ。

先輩たちがどうやってこの国を築いてきたか、その努力と苦労に思いをはせるとき、感謝せざるを得なくなるだろう。

食を得るために荒野を開き、外敵から同朋を守るために戦った。そうやって作り上げた土地、つまり国土を子供たちに伝え、子孫が穏やかな生活を営めるように、自分の苦労、いや、死すらいとわなかった。
そんな先人がいたから、今の我々がある。




今生きている我々も、100年後には先人となる。
100年後の時代の人たち、つまり我々の子孫から『自分の苦労、いや、死すらいとわなかった先人がいたから、今の我々がある』と言ってもらえるような生き方を、今、我々はしなくてはならないのだ。

私にとって、尖閣こそが『・・・と言ってもらえるような生き方』の表明なのだ。


平成25年2月6日.

日本がいいに決まっている。


明治政府の『富国強兵』方針は正しかった。
どれぐらい正しかったかは、北朝鮮の『貧乏国強兵』と比べて見れば明らかだろう。



国民の国に対する忠誠心は、法律で縛っても、あめと鞭で操ってもだめ。
大事なことは、国民一人一人が『この国を守らなくっちゃ』と思うような国になることだ。

日本のどこが素晴らしいのか、世界の国々と比べてみせるのが教育だ。
よくよく他国を知れば、日本の良さがわかる。

わからないやつ(勉強してないやつ)が、南北朝鮮や支那がいいと言っている。
国民が飢え死にしている北朝鮮、大統領が率先して汚職をしている南朝鮮、毒水を飲まされ毒空気を吸わされている支那、どこがいいのだ。国そのものが国民の敵ではないか。



国民の安寧を祈ってくださる天皇陛下がおられ、陛下の悪い家臣(反国民的大臣たち)は3年を待たず首になるシステムを持った日本がいいに決まっている。




平成25年2月5日.

安倍政権を守るのが、真の保守の役目。


安倍政権誕生は、支那の手助けもあったと言わざるを得ない。
ある意味、支那に感謝すべきか。(笑

どちらにしても我々は安倍政権を応援し、長期政権にしなくてはならない。
安倍たたきは支那の思う壺だ。

機を見るに敏なマスコミは、安倍たたきトーンを落とした。
左翼売国政党は、安倍たたきをやっても国民はついていかないだろう。

一番安倍たたきをしそうなのは、保守だ。いや、保守というより、保守の一部である『民族原理主義者』と言った方がいいだろう。
つまり、ガチガチの民族主義者たちだ。



たとえば一時、こんな意見があった。
『安倍は総理になった途端、ヒヨった。風見鶏だ。選挙前には「政府主催の竹島の日」を掲げながら、竹島の日を見送ったではないか』と・・・。

それに対して、県土竹島を守る会の事務局長梶谷氏は言う。
『国が竹島の日を制定し、それから式典を行うのが順序である。現「竹島の日」は、あくまでも島根県条例の「竹島の日」である。安倍政権は順序を踏んで政府主催の公約を実行したらよい』
まさに正論である。



現在の国民の一番の関心事は経済復活である。そうでなくとも、経済はすべての基本である。
経済がふらついたまま何を言っても、絵に描いた餅だ。
明治政府の『富国強兵』と同じ政策が今求められている。

逆に言うと、経済が再生すれば、安倍政権への国民の信頼が高まり、安倍氏の指差す方向へ国民はついていく。

それまで辛抱強く安倍支持を貫くのが、真の保守に求められることだ。


平成25年2月4日.

困った国が困ってる。


しかしなんだねぇ。支那も困っているようだね。
民主党政権になって「組みやすし」とみた支那は、ここぞとばかり尖閣にちょっかいを出してきた。
しかし野田政権になったら、意外と野田は手ごわかった。
たぶん、野田のような下っ端政治家までは、支那の工作はできていなかったのだろう。



さらに悪いことには、日本人の武士道精神に火をつけてしまう結果になり、安倍政権誕生に手を貸してしまう結果となった。



経済的に日本をいじめようと、国民をあおって反日デモをやり、日系企業の焼き討ちまでしたが、デモは反政府デモに変る恐れが出てきたし、日系企業焼き討ちは日本資本の引き上げどころか、世界中からの投資を減らす結果を招いた。

さらには、日中貿易額の減少で痛手をこうむったのは、支那の方だ。
自分がほった落とし穴に、自分が落ちたようなものだ。



それでも希望を捨てない支那は戦闘機まで持ち出したが、日本はビビりもしない。

打つ手がなくなった支那は、賞味期限の切れた鳩山由紀夫や、すでに忘れられた過去の人村山富一・加藤紘一などまで持ち出してきた。

もちろん、そんなもので日本の世論は相手にしない。
とうとう今月25日、中国の習近平総書記は北京訪問の公明党・山口那津男代表に泣きついた。『日本との関係改善に意欲を示した』そうだ。



関係改善するのは簡単だ。
1. 尖閣に手を出さないこと
2. 南京大虐殺などはなかったと宣言すること
3. 南シナ海南沙諸島からも手を引くこと
4. チベット、ウィグルから撤退すること
5. 毒の入った食品を輸出しないこと
6. 黄砂や亜硫酸ガスを国境の外に飛ばさないこと
7. よその国にハッカーしないこと
8. 生きたままの人から内臓を切り取って売らないこと
9. その他、普通の国になること

これだけやれば少しは関係は改善しますよ。
あくまで「少し」だけど…。


平成25年2月3日.

即応体制準備。


平成24年の7月、尖閣一夜城計画ができたときは、まだ、政府買取は決まっておらず、東京都に寄付金がどんどん入ってきている頃でした。

その時点では、建設は平成24年12月8日と計画していました。
もちろん、日本がアジア解放のために立ち上がった栄光の日を意識してです。

そのため、私の身辺整理も11月末日にする予定でした。
しかしその後、政府が買い取ってしまったので、『こりゃだめだ。計画は延期だ』ということで、私の身辺整理も先延ばしにしていました。

そのうちに安倍内閣発足という事態になり、ある意味、計画実行の目が出たようにも思いますし、政府がしっかりしてくれれば、私などがしゃしゃり出る必要もないかもしれません。

と言っても中止ではないので、桜の咲くころをめどに身辺整理をしつつ、どちらに転んでも即応できる態勢を取るつもりです。


平成25年2月2日.

思い返せば・・・。


思い返せばこの構想のスタートは、平成22年でした。
支那の尖閣に対する侵略が明確になっているにもかかわらず、政府は何もしない。そんな状況に活を入れるべく、『漁民の人命』を大義名分に退避施設を作ろうと考えたわけです。

極めて合法的に、建築確認申請を出す、たぶん政府は許可しないだろうから、訴訟を起こし、法廷闘争に持ち込むというのが狙いでした。

ところが決起直前に東北の大震災、そちらに対する支援の方が優先だと考えた中山文夫氏は、この計画を一時中止し、被災者住宅建設に邁進しました。

それがやっと落ち着いた頃、石原慎太郎都知事(当時)の尖閣買取宣言。
チャンスだとばかり、この計画の再復活。今度は法廷闘争ではなく、実際に建築可能になる可能性が高いということで、一歩進めて、常駐体制(民間人が実際に住む)を計画に入れました。

しかし、平成24年の夏、政府の尖閣買取となり、またもや一時中断。

そのまま、現在に至っています。


平成25年2月1日.

会長本里福治、復活。


長い間、勝手にお休みして申し訳ありませんでした。
暮れから風邪、その後気管支炎と続きまして、20日ごろには大体治ったのですが、体力が回復しませんでした。

以前にも書きましたが、病気は医者や薬が直すのではなく、自分の体力が直すものです。
たかが気管支炎と言えども、体力の半分は病気治しに使わざるを得ませんでした。

午前中、2時間ぐらい働いたら昼寝、午後も3時間も仕事をしたらまた昼寝、『ご飯ができたよ』と起こされて、晩御飯を食べたら一眠り、起きて風呂に入って寝る、こんな生活を続けて、やっと気管支炎を退治しました。

これを機に身辺整理をしようと思い立ち、私が現場を離れる新体制を作っていました。

尖閣に移住するためにも、早く身辺整理をしなくてはならなかったのですが、お客様がなかなか離してくれず、延び延びになっていました。
やっと仕事は半分ぐらいにはなったかな。

定年のある人がうらやましい。


平成25年1月7日.

風邪の後には気管支炎。


今頃『あけましておめでとう』でもないが、風邪の後、気管支炎になったみたい。
『なにくそ。これぐらいの風邪』と起きだしてもすぐにダウン。
何しろ微熱が続いて体力が持たない状態だ。

それでも昨日は頑張って「われわれ日本人が尖閣を守る」のPRページを作りました。
やっと作り終わったら、エネルギーが切れた。

すみませんが、しばらくお休みさせてください。

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